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福岡高等裁判所 昭和23年(ナ)1号 判決

主文

原告が昭和二十三年六月二十三日被告熊本縣選挙管理委員会に爲した訴願に対し、同被告が同年七月五日爲した右訴願却下の裁決を取消す。

荒尾市選挙管理委員会が同年六月十二日爲した「昭和二十三年五月三十日執行の荒尾市長選挙における当選人寺田佐〓は、地方自治法第六十條第一項の期間内に市議会議員の職を辞した旨の届出をしなかつたので当選を辞したものとみなし、ここに当選人がなくなつたことを告示する。」旨の告示を取消す。

原告が荒尾市長に就任していることを確認する。

原告の荒尾市選挙管理委員会に対する訴はこれを却下する。

訴訟費用中被告熊本縣選挙管理委員会との間に生じた部分は同被告の負担とし、被告荒尾市選挙管理委員会との間に生じた部分は原告の負担とする。

事実

原告代理人は「被告熊本縣選挙管理委員会が昭和二十三年七月五日爲した訴願却下の裁決を取消す。被告荒尾市選挙管理委員会の昭和二十三年六月十二日に爲した主文第二項表示の告示を取消す。同年六月十日原告の荒尾市長当選は確定したことを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。」との旨の判決を求め、その主張の要旨は、

(経過事実)

荒尾市長選挙は昭和二十三年五月三十日執行され、有効投票一万七千四十八票中原告の得票数は六千六百五十一票の最高位で、もとより法定得票数に達していたので当選し、被告荒尾市選挙管理委員会(以下市委員会という。)において翌三十一日原告に当選告知書を交付し、且つ同日当選人の告示を爲したのである。当時原告は荒尾市議会の現職議員であり、その議長であつたから、被告市委員会に対し、市議会議員の辞職願の写を添えて法定期間内の同年六月十日市長当選の承諾書を提出し、更に翌十一日市委員会に対して「市長当選の告知を受けたので、六月四日市議会議員辞職を副議長に提出し、市長就任に関する承諾書を六月十日に提出致しましたが、同日荒尾市臨時議会は議長辞任を否決し、市議会議員辞職の件はこれを審議せず、なお大牟田市に寄留の手続を終了したが、荒尾市議会の議員たる資格消滅を認めず、ついに不当な決議により市議会議員辞職を認められないことになりました。これは市議会が市長公選に関し不当な決議をいたしたものと信じますので、本日訴願いたした次第であります。ついては選挙管理委員会において実情を審議せられ、公正なる結論により市長公選の実を挙げられんことを要望いたします。」との書面をも提出しておいたのに、意外にも被告市委員会は六月十二日主文第二項表示の当選人がなくなつた旨の第五十二号告示を爲したのであつた。これに対し原告は同月十九日被告市委員会に異議を申立てたところ、同被告は同月二十一日「地方自治法第六十條第三項の規定により当選人は同法第百四十一條に掲げる職を辞した旨の届出が必要であり、これに関し同法第百二十六條の規定があるから、その事実を確認するについては議会の議員辞職許可書が必要である。しかるに当選人寺田佐〓は同法第六十條第一項の期間内に右許可書を提出しなかつた。なお轉住による被選挙権の有無については同法第百二十七條の規定があるので、これを六月十二日荒尾市議会副議長松岡喜男に対し聞き合せたところ、六月十二日現在寺田佐〓は荒尾市議会議員である旨証明した。本委員会は右により地方自治法第六十條第三項及び第六十一條第二項の規定に從い選管告示第五十二号の告示を爲したもので、本委員の措置は正当である。」との理由を以て右申立を排斥する決定を爲し、翌二十二日原告にその決定書を交付した。原告は右決定に不服があるので同月二十三日被告縣委員会に訴願したのであつたが、同被告は七月五日「地方自治法第六十六條第一項の規定によれば原告の異議申立は提出期間が経過しているので、訴願を却下する。」との旨の訴願却下の裁決を爲した。

原決は右裁決に不服があるから、法定期間内の八月三日本件出訴に及んだのであるが不服の点は左の通りである。

(不服の点(一)異議が法定期間経過後の申立であるとの理由で訴願を却下した裁決の違法)

裁決書は異議申立の法定期間についての起算日を示していないので、その点についての見解は明瞭を欠くのであるが、思うに、地方自治法(以下法という。)第五十九條第二項の当選人の告示の日すなわち前記五月三十一日を起算日として、法第六十六條第一項に定むる十四日の期間を計算し、六月十四日を以て異議申立期間の終期と解して、原告が六月十九日被告市委員会に申立てた異議を、期間経過後の申立として、被告縣委員会は訴願却下の裁決をしたのであろう。しかし原告としては、五月三十一日の当選人の告示に対しては何等の異議はないのであつて、六月十二日に爲された当選人がなくな  旨の前記第五第二号告示にこそ異議があるのであるから、法定の異議申立期間の計算は、異議の対象である告示の日を起算日としなければならないことは当然であると信ずる。

これについて更に述ぶれば、法第六十六條第一項に「……当選の効力に関し異議があるときは、……当選に関しては第五十九條第二項または第四項の告示の日から十四日以内に……」とある「当選の効力に関し」とか「当選に関し」とかいうのは、法第五十九條第一項の「当選人の定まつた」とされたとき、または同條第三項の「当選人のない」とされたときなどの、すなわち開票によつて直ちに現われる結果を指しているのであつて本件の事案(法第六十條第三項)及び同條第五項の同じく擬制の当選辞退、もしくは事後における当選人の被選挙権の喪失(法第五十七條)または死亡等のいわゆる後に当選人がなくなつた場合(これら当選人がなくなつたときの告示については、法第六十一條第二項)は、「当選の効力に関し」または「当選に関し」というのに当らないのであり、さればこそ、これらの場合に関する異議申立については、法第六十六條第一項には勿論その他にも何らの規定がないのであると爲す所説があるもののようであるが、被告両委員会が異議申立を排し、または訴願を却下するのに示した理由は、いずれも本件事案が当選の効力に関する異議に当らないとしたからではなく、前記のような理由で排斥し却下したことによつて明らかなように、法第六十一條第二項の「当選人がなくなつたとき」とは法第五十九條第三項の「当選人がないとき」と同様に取扱うべきものであることは疑がないのである。從つてこれに対する異議申立期間は、第五十九條第四項の「当選人がない旨の告示」と同様に取扱われるべき法第六十一條第二項の「当選人がなくなつた旨の告示」の日を起算日と解するのが相当であることについてはもはや異論はあり得ないであろう。それ故にこそ、法第六十六條は当選の効力に関する異議申立の起算日につき、第五十九條第四項の告示だけを挙げて、第六十一條第二項の告示はこれに包含させているのである。原告の異議申立が期間内であることはここに改めていうまでもあるまい。

なお附言すれば、当選人の告示の日である五月三十一日を起算日とすれば六月十四日が期間の終期となることは前記の通りであるが、もしこの場合六月十四日以後に当選人がなくなつた旨の告示が爲されたならば、一体どうなるのであろうか。それは救済の外にでもあるというのであろうか。異議の対象となる告示の日を起算日と解する以外に、法意に副う途はないのである。

(不服の点(二)、当選人がなくなつた旨の告示及び異議申立を排斥した決定の不当を看過した裁決の違法)

被告市委員会が原告の異議申立を排斥した決定の理由にいうように、法の関係規定によれば、当時原告は荒尾市議会の議員の職に在つたから、市長の当選人である原告は十日の法定期間内に兼職禁止の建前上(法第百四十一條第二項)議員の職を辞した旨の届出を市委員会にすることを要し(法第六十條第三項)且つ、議員は議会の許可を得て辞職することが出來る(法第百二十六條)のであり、しかるに原告は右期間内に議会の許可を得て議員の職を辞した旨の届出をしなかつたことはその通りであるが、これは結局議会が不法にも原告の議員辞職を許可しなかつた爲であつて、かような場合、原告が右期間内の六月十日市委員会に対して議員辞職願の写を添えて市長当選の承諾書を提出した外、翌十一日副議長及び議会の不当な措置の経緯を詳述した要望書をも追加提出しておることは前記経過事実につき述べた通りであり、なお同月十日人を介して右要望書の記載内容と大体同様の事情を訴え、これらを以て法定の許可を得ることのできないわけを明らかにしているのであるから、原告は六月十日の当選承諾に因つて、荒尾市長の身分を取得したものというべく、されば、当選人がなくなつた旨の告示及びこれに対する異議申立を排斥した決定の不当であることは論がないので、これらの不当を看過した訴願却下の裁決は違法であるといわなければならない。

原告の議員辞職の許可につき、副議長及び議会のとつた不法措置は、大体つぎの通りである。

原告は議長であり、当時議会は閉会中であつたので、法規の命ずるところに從い、六月四日副議長の松岡喜男に対し、議員辞職願を提出してその許可を求めたのであつたが、同人は不法にも口実をもうけて自ら爲すべきその許可についての決定から逃げ、議員の請求によつて招集された同月九日の前記法定期間の終期である十日を明日に控えた市臨時議会に持ち越し、これに原告の議員辞職の件を提案するの手を打つたのであつた。そしてその議案は「荒尾市議会議長寺田佐〓君市長当選のため議員辞職願書の提出があつたので、これを許可するものとする。」との第五十八号議案と、「荒尾市議会議員寺田佐〓君より辞職願書の提出があつたので、これを許可するものとする。」との第五十九号議案とであつたが、まず第五十八号議案を審議し、翌十日記名投票による採決の結果、原案賛成十票、反対十七票で原案否決として取扱われ、第五十九号議案は不可解にも審議の要がないとして撤回されたのである。ところで、右両議案が別個のものであることは、各その議案書に明記されている表題(前者については「議長辞職について」とし、後者については「市議会議員寺田佐〓君辞職について」としている。)及び提案理由(前者については「法第百八條により市議会議長の辞職は議会の許可を得る要があるためである。」とし、後者については「法第百二十六條により市議会議員の辞職は議会の許可を得る要があるためである。」としている。」によつてみてもきわめて明白であり、法第百八條は議員の資格を存続しながら議長の職のみを辞する場合の規定であるから、右第五十八号議案の審議採決の結果の如何にかかわらず、更に第五十九号議案についての審議採決が爲されなければならなかつたのに、議長の職を代行した副議長の松岡喜男は、自ら提案した右第五十九号議案を撤回して闇に葬つたのであるかくて原告の議員辞職願については、第一次の許可権者である副議長においてその許否を爲さず、市議会も亦これを決しなかつたのである。かように、辞職願は提出されているのにその許否の決定がない場合、これに対処する規定は地方自治法にないのであるが、このような法規の不備は、民主政治の精神を基盤とする法規解釈によつて補充しなければならないのである。「六月十日の当選承諾に因つて、原告は荒尾市長の身分を取得したものというべきである。」と前に述べたのはこの意味である。

改めていうまでもないことであるが、市議会は市民の意思を代表する市行政の最高議決機関ではあるものの、法はこの機関に市長の選任権を興えないで、市民の直接選挙によることとしており、從つて、選挙の結果あるいは議員過半数の喜ばない人物が当選したとしても、それは絶対に侵すことのできない市民の意思表示であるから、これをふみにじつて選挙の結果の実現を葬り去るということは、断じて許されないのである。原告は市民の直接選挙によつて当選し、市民の意思に副うためにその当選を承諾し、辞職の許可を求めたのであつたが、議会はこれを許可せず、その許可をしないことが原告の市長就任を妨げる目的であつてみれば、その議会を構成する議員は市民の意思を代表せず、実に市民の意思をふみにじつているものである。

また法第百二十六條が議員の辞職に許可制をとつているわけは選挙によつて得た公職を議員の私的恣意でみだりに退くことが民意を無視し、民主政治の理念に反するからばかりでなく、公益を害する結果となる場合も起るからであり、殊に議員に懲罰を科するべき嫌疑があつてその審議中、一方的意思表示によつてその職を去ることのできることにすれば、議会の懲罰権の行使を不能にすることになるからである。もとより同條の法意は、議員辞職の目的が議員の私的事情や恣意による場合でなく、公共の利益と一致する場合には、当然許可されるべきものであり、辞職を願出ているのに、それを許可しないことが公共の利益に反する場合には、辞職を願出たこと自体によつて辞職の効力は生ずるものと解すべきである。本件はまさにこの場合である。

なお、当時荒尾市議会議員中には、原告と当選を爭つて敗れた他の市長候補者を支援した十七名の議員があり、原告においてこれらの者が原告の市長当選を喜ばず、その就任を妨害するの態度に出ることを察知したので、市民多数の要望に應えるべく自ら議員の資格を捨てて市長就任の障碍を除去しようと考え、議員の被選挙権をなくするため、六月九日大牟田市に轉出の寄留届を爲したので、同月十日の市臨時議会に、原告の被選挙権の有無についての議案が提出されたのであつたが、審議採決の結果、原案賛成十一票、反対十七票でこれまた不法なる否決の運命にあつたのである。且つ、この被選挙権の有無は、出席議員の三分の二以上の多数によつてこれを決定しなければならないのに、過半数でこれを議決した点においても、違法がある。(法第百二十七條)

最後に一言したいことは、行政事件訴訟特例法第十一條の精神についてである。すなわち同條を「第二條の訴の提起があつた場合において、処分は適法ではあるが、一切の事情を考慮して、処分を取消し、または変更することが公共の福祉に適合すると認めるときは、裁判所は請求を許容することができる。」と裏面から解決することによつても、原告の本訴請求を認容することができるものと信ずるのである。

というのである。

被告等各代表者は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の経過事実はこれを認めるけれども、その他の事実は不知であるという外、被告縣委員会代表者の答弁の要旨は、(この要旨の記述は原告が不服の点として述べている(一)(二)の順序による。)

(一)法第六十六條第一項の規定による異議申立の客体は、選挙または当選の効力であり、本件は選挙も当選も共に適法であるが、当選を得た後において法第六十條第三項第百四十一條第二項の手続すなわち法定の期間内に議員の職を辞した旨の届出をしなかつたことに因り、法律上当選を辞したものとみなされる場合であつて、第六十六條第一項とは関係なく、異議の申立の容体の範囲に属しない。このことは、右條項が法第六十一條第二項の当選人がなくなつた旨の告示の日を、異議申立の期間の起算日に挙げていないことによつても、十分納得されるのである。法律の特別の規定によつて当然辞退が確定される場合であるから、もし過つて市長となり得ないのに市長となつたような場合の救済手段としては法第百八十六條第二項等の規定による監督権行使の問題となるだけのことである。この点において本訴は既に失当である。

仮りに本件の事案が当選の効力に関する異議の客体の範囲に属するとしても、原告の異議の申立が期間経過後のものであることは訴願を却下した裁決のいう通りである。法第六十六條第一項によれば、当選の効力に関する異議の申立については第五十九條第二項または第四項の告示の日を十四日の期間の起算日としており、第五十九條第四項の「当選人がない旨の告示」とは、法第五十五條の規定による当選人が初めからない旨の告示をいうのであり、これは開票によつて直ちに現われる結果を予見してのものであるのに反して、第六十一條第二項の「当選人がなくなつた旨の告示」とは、一應当選人を得たけれども、その後において、法第六十二條第一項第二号乃至第七号(第二号の当選人が当選を辞したときとは、当選を辞したものとみなされるときも含む。第四号は前段のみ)の事由等で当選人を欠くに至つた旨の告示をいうのであつて、この両者は全然別個のものである。從つて「当選人がなくなつた」とされた場合においても、当選の効力に関する異議の申立ができるものとしても、その期間の起算日については、法第六十一條第二項の告示の日とする規定はなく、また前記のように全然別個の場合である第五十九條第四項の規定を準用して、当選人がなくなつた旨の告示の日を起算日とすることもできないので、結局第五十九條第二項の当選人の告示の日とする外はないのである。

このことは、市制第三十六條第一項に「……選挙または当選の効力に関し異議あるときは……当選に関しては第三十二條第一項または第三十四條第二項の告示の日より七日以内に……」とあり、第三十二條第一項の告示及び当選人がない旨の告示で、第三十四條第二項の告示は当選人がなくなつた旨の告示であつて、当選の効力に関する異議の起算日として、「当選人がなくなつた旨の告示」の日をも挙げていながら、現行地方制度法である地方自治法にあつては、これに相当する規定を欠いている点からみても、異議の申立につき「当選人がなくなつた旨の告示」の日を起算日とすることを排除したものと解しなければならないであろう。かくて、第五十九條第二項により当選人の告示の日である五月三十一日から起算すれば六月十四日を以て異議申立の期間は満了するので、原告が同月十九日申立てた異議は期間経過後のものであり、從つて原告の訴願をこの理由によつて却下した被告縣委員会の裁決はまことに正当である。

(二)法第百四十一條第二項によれば、市長はその市議会の議員を兼ねることができないのであり、また法第六十條第三項によれば、市長の当選人でその市議会の議員の職に在る者は、市選挙管理委員会に対し、議員の職を辞した旨の届出をすることを要し、当選の告知を受けた日から十日以内にその届出をしないときは、当選を辞したものとみなされるのであつて、なお議員の辞職につき法第百二十六條は「……議員は、議会の許可を得て辞職することができる。但し、閉会中においては、議長の許可を得て辞職することができる。」と規定している。ところが、当時荒尾市議会の議員(且つ議長)であつた原告は、議員の辞職について議会の許可を得ていないし、また市委員会に対して議員の職を辞した旨の届出を遂にしなかつたのである。原告の爲した市長当選の承諸は、適法な議員辞職の届出を伴つていないのでもとより無効である。しかして原告は窮余の策として大弁田市に轉寄留したことにより、議員の被選挙権を喪失して市長就任を実現しようとしたが、議会は住所移轉に因る被選挙権の喪失を決定しなかつた。(法第百二十七條)

このように、辞職の許可といい、被選挙権の有無の決定といい、その権限は議会の專有するところであつて、選挙管理委員会としては議会に代つてこれを爲す権限は全く有しないのである。

されば市委員会の「当選人がなくなつた」旨の告示及び「右告示を爲した本委員会の措置は正当である」との理由で原告の申立てた異議を排斥した決定は正当であり、且つ、右決定に不服があるとして爲した原告の訴願を却下した被告縣委員会の裁決もまた結局正当に帰するから、原告の本訴は到底排斥をまぬかれない。

というのである。

(立証省略)

理由

原告が経過事実として主張している事実、及び当時荒尾市議会議員であつた原告が議員の職を辞するについて議会の許可を得ていない事実、並びに原告以外には法定得票数に達した候補者のない事実は、いずれも当事者間に爭がなく、これら爭のない事実と成立に爭のない甲第三号第七号証を総合すれば、

原告が昭和二十三年五月三十日執行の荒尾市長選挙に立候補して当選したので、荒尾市選挙管理委員会(以下市委員会という。)は翌三十一日原告に当選告知書を交付し、且つ同日当選人の告示をした。ところで、右のように荒尾市長の当選人と確認されたものの、当時同市議会の議員であつた原告は、地方自治法(以下法という。)第百四十一條第二項により、市長と議員との兼職を禁ぜられており、ひいては第六十條第三項によれば、当選の告知を受けた日から十日以内に、市委員会に対し議員の職を辞した旨の届出をしなければならないし、もしその期間内にその届出をしないときは市長の当選を辞したものとみなされることになつていて、市議会の議員が議員を辞することができるためには、法第百二十六條の規定するように議会の許可を得なければならないが、但し閉会中においては議長の許可を得ればよいことになつているので、当時議会閉会中の六月四日自己が議長であるところから副議長である松岡喜男の許可を得るために、同人に対して議員辞職願を提出したのであつたが、副議長は法規(法第百六條)上自ら適時に爲すべきその許可についての決定から逃げ、一部議員等の請求によつて、しかも前記法定期間の終期である六月十日を明日に控えた九日に招集の市臨時議会に持ち込み、その処理を議会にゆだねるの手を打つたのであつた。そして松岡副議長は議長代行者として右議会に臨み、右の件につき、第五十八号及び第五十九号の二議案としており、且つ前者は「荒尾市議会議長寺田佐〓君市長当選のため議員辞職願書の提出があつたので、これを許可するものとする。」との内容のもので、その表題は「議長辞職について」その提案理由は「法第百八條により市議会議長の辞職は議会の許可を得る要があるためである。」というのに対し、後者は「荒尾市議会議員寺田佐〓君より辞職願書の提出があつたので、これを許可するものとする。」との内容のもので、その表題は「市議会議員寺田佐〓君辞職について」その提案理由は「法第百二十六條により市議会議員の辞職は議会の許可を得る要があるためである。」というのであつて、この両議案は審決の効果からいえば別個独立のものであるのに(法第百八條は議員の資格を存続しながら議長だけを辞職する場合の規定で、その許可のときは、議長の職を失うが議員の職は存続するのであり、また法第百二十六條は議員の職を辞する場合の規定で、その許可があれば、議長の身分は議員の職の喪失に伴い自然消滅するだけのことである)まず先きに第五十八号議案を審議に付し、翌十日までこの審議を続けもみにもんだ末時刻は午後二時を過ぎて記名投票により採決し、原案賛成十票、反対十七票でこれを否決したまま第五十九号議案は遂に上提に至らずして、副議長は自ら提案した右議案を一部議員の支援の下に撤回したのである。すなわち原告の議員辞職願については、松岡副議長においてその許否をなさないまま市臨時議会に持ち込み、市議会においてもまた議案の撤回によつて許否を決めずに終つたのである。

原告は早くも議会の空氣の不利なのを察知して、法定期間の終期である六月十日、人を介して市委員会に対し議員辞職願の写を添えた市長当選の承諾書を提出すると共に、既に同月四日副議長に議員辞職願を提出しているのに、副議長において握りつぶしているその間の事情を訴え、議員を辞職し市長に就任したい決意の固さを率直明快に表示したが、これを追及する趣旨で更に翌十一日書面を以て、右事情の訴えと決意の表明を繰り返えし、併せて、市議会が原告の議員辞職の件につき、市長公選の結実を妨げんとして強引に押し切つた前記経過を述べ、議会の処置を不当として憤ると共に、市委員会の実情を汲んだ公正な善処を要望したのであつた。

にもかかわらず、市委員会が六月十二日主文第二項表示の当選人がなくなつた旨の告示をしたので、原告は同月十九日市委員会に異議を申立て、市委員会は、原告において議会の許可を得て議員を辞職した旨の届出を法定期間内にしなかつたことにより、市長の当選を辞したものとみなし、他に定めるべき当選人がないからとて、同月二十一日「法第六十一條第二項に則り右の告示をしたものであり、これは正当である。」との理由を以て、原告の申立を排斥する決定をした。原告はこれに対し被告熊本縣選挙管理委員会(以下縣委員会という。)に訴願したところ、縣委員会は七月五日「原告の異議申立は法第六十六條第一項の期間を経過していて、もともと右異議の申立は不適法のものである。」との理由で訴願却下の裁決をしたのであつた。かくして原告は本件出訴に及んだのである。

という事実を認めることができる。

そこでまず、本件が当選の効力に関する異議、ひいては当選訴訟に当該するかについて検討しなければならない。

法第六十六條第一項を当選の効力に関する異議、ひいては同條第四項の当選の効力に関する訴訟は、右第一項によれば、原則として、第五十九條第二項の当選人の告示の前提である選挙会における当選人を定める決定(この反面、落選人を定める決定を含む。)及び第五十九條第四項の当選人がない旨の告示の前提である選挙会における当選人がないと定める決定、すなわち両者とも、約言すれば選挙会の当選に関する決定をその対象と爲すものであるが、法第六十二條第一項によれば、当選人が初めからないときと、当選人が当選を辞退したり、あるいは辞したものとみなされたり、または死亡したりなどして、他に当選人を定めるべき法定得票数に達した候補者がなくて、当選人がなくなつたときとにおいて、当該選挙管理委員会のこれに処してとるべき措置は、再選挙であつて全く同一であり、また地方自治法の前身である道府縣制第三十四條市制第三十六條町村制第三十三條によれば、いずれも当選人がなくなつた旨の告示の前提である当該選挙管理委員会における当選人がなくなつたと定める決定をも、当選の効力に関する異議、ひいては当選の効力に関する行政訴訟の対象と爲していたのであつたが、前記のように当選人がないときと、当選人がなくなつたときとの選挙法における爾後の措置が全く同一であるとされているところから、地方自治法では後者の場合を法規上もしくはその解釈上前者の選挙会における当選人がないと定める決定の場合に包含させたものと解せられるので、法第六十一條第二項の当該選挙管理委員会における当選人がなくなつたと定める決定をも、前記異議ひいては訴訟の対象を爲すものと解すべく、更に選挙会における当選人を定める決定に対應する第六十一條第一項の当該選挙管理委員会における当選人が当選を承諾したと定める決定をも、その対象となすものであると解するのが相当であろう。けだし、法が当選訴訟を認めているわけは、正当にはその選挙の目指す議員または長となり得ない者が、議員または正当に議員又は長となるべき者が議員又は長とならないことの違法を矯正することを專ら目的としているからであり、從つて、当選人が当該選挙の目指す議員または長の身分を取得することに確定(法第六十一條第一項)し、もしくは取得しないことに確定(同條第二項)するまでは、当選の効力に関する問題として理解すべきであるからである。

本訴は市長の当選人である原告が法定の手続をふまなかつたものとして、当選を辞したものとみなされ、他に当選人を定めるべき法定得票数に達した候補者がないため、法第六十一條第二項の当選人がなくなつた旨の市委員会の告示がされたことを爭の目的としているのであるから、まさしく前説示のように法第六十六條第四項の当選訴訟に該当するものといわなければならない。この点に関する被告縣委員会代表者の見解は正当でない。

しかして、法第六十六條第四項は「都道府縣の選挙管理委員会の決定または裁決に不服のある者は、高等裁判所に出訴することができる。」旨を規定しており、その訴の趣旨とするところは、右決定または裁決の取消を求めるのに外ならないから、この訴を提起するには、当該決定または裁判をした都道府縣の選挙管理委員会を被告とすべきものであり、旦つそれを以て足りるのである。從つて市の選挙管理委員会はこの訴についての正当な被告とはなり得ないのであり、本訴中市委員会を被告としている訴は、不適法であるから、民事訴訟法第二百二條に則りこれを却下すべきものとする。

以下爭点につき順次検討する。

(一)当該選挙管理委員会における当選人がなくなつたと定める決定が、同委員会における当選人がないと定める決定の場合に法規上もしくは解釈上包含されることは前説明の通りであるから、この両者にそれぞれ対應する同委員会の前者における当選人がなくなつた旨の告示は、後者における当選人がない旨の告示の場合に包含されるものと解しなければならない。法第六十六條第一項によれば「当選の効力に関する異議は、第五十九條第二項の当選人の告示の日または同條第四項の当選人がない旨の告示の日から十四日以内に申立てることができる。」となつており、当選人がない旨の告示は、右のように、当選人がなくなつた旨の告示の場合を包含しているから、市委員会における当選人がなくなつたと定めた決定を異議の対照としている本件において、当選人がなくなつた旨の告示の日を申立期間の起算日となすことについては、いささかの異論もあろうはずはないのである。被告縣委員会代表者の見解は正当でない。当選人がなくなつた旨の告示の日は六月十二日であり、これに対し原告の異議を申立てた日が同月十九日であることは、当事者間に爭のない事実であるから、原告の右異議申立は法定期間内のものであつて適法である。これが期間経過後のものであることを理由として、原告の訴願につき本案の審判を拒否して却下した被告縣委員会の裁決は、到底不当のそしりをまぬかれ得るものでない。

(二)ここで一應ふれておかなければならないことは、さきに述べたように、法第六十六條第四項の訴の趣旨は、都道府縣の選挙管理委員会の決定または裁決の取消を求めるのに外ならないのであり、右決定または裁決が異議の本案について審判している場合はもとより問題はないのであるが、異議の申立が期間経過後のものである等の不適法の事由によつて、異議を却下し、または同様異議の申立がもともと不適法なものであつたとして、訴願を却下して、決定または裁決が異議の本案について審判していない場合に、裁判所が異議の申立を適法なものと判定して、却下の決定または裁決を取消す判決をするに当り、更に進んで本案の審理判決をなし得るかということである。右却下の決定または裁決は、異議の本案についての審理を拒否しているものであるからである。これについて先ず考えらるることは、右却下の決定または裁決を取消す判決をするだけにとどめ、都道府縣の選挙管理委員会をして改めて異議の本案についての決定または訴願裁決をさせた上で、これに対する選挙人または候補者からの新出訴を待つべきものではないかということである。これが一應とるべき順序であるものの、しかし、本訴にあつては、被告縣委員会代表者が進んで異議の本案について答弁を爲しているし、且つ、当事者双方が異議の本案について主張している事実は、本訴が当選の効力に関する異議ひいては当選訴訟に該当するかについて主張している事実以上には出ていないのであり、從つて、当裁判所が経過事実として既に認定した前記事実は、本訴が当選の効力に関する異議ひいては当選訴訟に該当するかについての判定の基準事実であつたばかりでなく、後記のように異議の本案についての判定の基礎事実でもあつて、これについての当事者双方の見解及び当裁判所の判定は、この既に主張され認定された事実に適用される法規の解釈に過ぎないのであるから、前記一應の順序を踏むの迂遠を避け、この種訴訟事件についての審判の迅速の趣旨に則り、ここに本案について審判するゆえんである。

さて、ここで取り上げなければならない双方の見解上の爭点の主要部分は、原告が法定期間内の六月十日市委員会に対して爲した市長当選の承諾の効力についてである。原告は議長であり、当時議会は閉会中であつたので、六月四日松岡副議長に対し議員辞職の許可を得るため早くも議員辞職願を提出したのであつたが、副議長は、法規(法第百六條、第百二十六條但書)上自ら爲さなければならなかつた右許可についての決定をせずに同月九日の市臨時議会に持ち込み、議会もまた議長辞職の議案を翌十日否決したまま、それとは別個の議員辞職の議案はこれを上提せずして撤回し、許否については全然手を染めておらず、市委員会は叙上の大体の経緯を認識しながら、議会の許可ある議員の辞職届出を伴わない市長当選の承諾を無効とし、原告においてその当選を辞したものとして、六月十二日当選人がなくなつた旨の告示をしたことは前記の説示によつて既に明瞭なところである。

ところで、法第六十條第一項第三項第六十一條第二項によれば、市長の当選人がその市議会の議員である場合において、その当選人の当選承諾が有効であるがためには、当選の告知を受けた日から十日以内に当選承諾届出書が市選挙管理委員会に到達すると共に、更に右期間内に、議員の職を辞した旨の届出書が右委員会に到達することを要するのであり、(地方自治法による選挙においては、必ずしも当選承諾届出書の提出を要しないのであるが、之を提出することは、もとより妨げなく、本件の場合にあつては、特にその必要があつたのである)法第百二十六條によれば、議員を辞職するについては議会または議長の許可を受けなければならないことになつているので、原告は議員が市長に当選した場合においても右の許可がなければ議員を辞職することができないものと一應考えたからであろう、当時自己が議長であり、議会閉会中であつたから、副議長に議員辞職願を提出したが、副議長及び議会の許可共得られなかつたため、議員を辞職した旨の届出書に代え副議長あての六月四日附議員辞職願の写を右市長当選承諾の届出書に添え、且つ「辞職願の写を添えたわけは、副議長が辞職を許可しないためである。」旨をも人を介して附言させているのである。これによつてみれば、右辞職願の写を提出したのは、原告としては辞職した旨の届出書のつもりであり、且つこれによつて辞職の意思は外部的にも明確に表示されているのであるから、右辞職願の写の提出によつて、辞職した旨の届出書の提出と同様の効力を生じたものといわなければならない。

残る問題は副議長または議会の議員辞職許可についての決定または議決がない点丈である。一言にしていえば右許可のない原告の議員辞職が有効かどうかの問題である。

法第百二十六條は、議員の一般的辞職の場合を規律する議会の自治的規定であつて、議員辞職の理由が恣その他公選した民意に副わない事情によるものであり、あるいは自由に辞職させることが議会の権威を損う場合等を慮つて、その統制をはかるために設けられたものである。從つて、公選による議員の地位を去るにはその公選者の同意を必要とし、それを以て足りるのであり、議会は公選者である当該市町村民を代表する議員によつて構成される間接的民意代表機関であるから、議会の許可は公選者の同意に代るものとして、また議長は議会の代表者(法第百四條)であるから、議長の許可は議会の許可に代るものとして、議員の辞職についての要件としているのであつて、公選者の本來の同意が法規に基く手続と方式とにおいて表示されている場合は、その議員の辞職が議会の権威を損う事情のない限り、議会または議長に対する辞職の意思表示だけを以て足り、その許可はもはや要しないものといわなければならない。

本件の場合は、まさしく原告を市長に公選した民意の中に、原告が議員を辞職するについての市民の同意が含まれているのであり、右市民の同意は選挙という法定の手続と方式とにおいて直接に表示されているのである。けだし、さきに議員として公選した原告を敢えて更に市長として選挙した民意は、原告を議員としてよりも市長としてより信任し支持せんが爲めに、原告が市長に就任するについての法上の障碍である議員の職を去る同意を含んでいるものといえるからである。しかして原告が議会または副議長の許可なくして議員を辞職することによつて、議会の権威を損うと云うような事情は全くないのである。

約言すれば法第六十條第三項第百四十一條第二項の規定は、当選人が議員と長とのいずれを選ぶかの意思決定を主眼としているものであつて、もし長の当選人が長を選び議員の職を去る決意をした場合の議員の辞職については、一般的辞職の場合を規律している法第百二十六條の適用はないものと解するのが相当であるというのに帰する。

されば、原告が松岡副議長ひいては前記経過によつて議会に対し、議員辞職の意思を表示していることは既に述べた通りであるから、これによつて原告は有効に議員を辞職したものであり、從つて六月十日原告の爲した前記説示の市長当選の承諾も亦有効であると断ぜざるを得ないさすれば市委員会が法第六十條第三項に基き、原告において当選を辞したものとし、第六十一條第二項の当選人がなくなつた旨の告示を爲したのは不当であり、これに対する原告の異議申立を排斥した決定も亦不当であるから、被告縣委員会の訴願却下の裁決は、右告示及び決定の不当を看過した違法を重ねたものといわなければならない。

以上の説示により明白なように、原告の被告縣委員会に対する請求は正当であつて、右裁決及び告示はこれを取消すべきものである。しかして、当選(落選を含む)及び身分取得(身分の不取得を含む、取得の場合は当選の承諾またはその擬制、不取得の場合は当選の辞退またはその擬制。」はある法定の事実の発生に因つて当然に効果を生ずる自然発生的な事項であり、前者についての選挙会の決定及び後者についての選挙管理委員会の決定は右の効果の確認であつて、これについての同委員会の告示は効果確認の一般的通告である。すなわち、当選の承諾届出書が当該選挙管理委員会に到達したとき、または法定の辞退期間が経過したときは、その瞬間に当選人は議員または長となるのである。從つて、原告が六月十日爲した当選の承諾が前記のように有効である以上、原告はそのときにおいて既に荒尾市長の身分を取得しているものといわなければならないから、主文においてその旨の確認を爲すべきものである。

よつて、原告の被告縣委員会に対する本訴請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用し、主文のように判決する。

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